ルワンダ大虐殺

インターネットで、経済のコラムを読んでいたら「ルワンダのジェノサイド」という言葉が目に入った。私は、この出来事を知らなかった。知らないのはまずいと思って、調べてみた。この出来事について書かれた書籍を読んで、感想を寄せている人がある。

ジェノサイドとは、ある民族などの集団を滅亡させる目的で、虐殺することを指す。感想の中に、その「殺し方」について言及しているものがあった。その「殺し方」は、人が人に対して行った行為としてはあまりに惨い。気分が悪くなる。ところが、私はその「殺戮の方法」を読んで、待てよ、この殺し方には覚えがある、と思ったのだ。これとそっくりの記述を何処かで読んだことがある。しばらく、私は考えた。そして、私の本棚に仕舞ってある、1冊の文庫本。水色の表紙の文庫本に思い当たった。その本は歴史書でもルポルタージュでもない。小説だった。そうだ、あれに違いない。『宇宙で一番優しい惑星』だ。

本棚の奥からから引っ張り出して、ぱらぱらと読んだ。私の記憶は正しかった。

はじめ、私はそれをエログロな風刺SFだと思っていた。いくつかの国が争っている。国の名前は架空のものになっているが、実際の国をモデルにして、風刺していることは誰でも分かる。優柔不断な国、日本(とおぼしき国)も登場する。ブラックユーモアを含んだ高度な風刺。そして、架空のある民族が隣の別の民族を集団で殺戮する。史実を知らない私は、それを「物語」だと思って読んでいたのである。ところが、それは誇張でもデフォルメでもなく、そのままの事実であった。

もし、事実と小説を、逆の順番で知ったなら、私はこれほど驚きはしなかったかもしれない。小説を読んで「ああ、あの事件の事を書 いているんだ」と思っただけだっただろう。しかし、現実は逆さまだった。私は先に架空の物語を読み、そしてそれが実は「架空」でも何でも無い、「事実」だったと知ったのである。その行を架空だと思い込んだのは、人が人にそんな事は出来ない。「出来る筈は無い」と思い込んでい たら、現実に起きた出来事だったのだ。
私は、つい最近まで、自分の半径2メートル圏内にしか興味のないような、典型的な馬鹿な庶民だったので、何も知らないのだった。知ってしまうからには、とことん知らなくてはならない。
この本は、ジェノサイドで生き残ったある青年の手記である。
事件が起きたのは1994年。そんなに遠い昔ではない。一般の人々、隣人が、隣人を殺しに行った。事件後、殺害に手を染めた人の数があまりに多いために、 誰を罰するべきか分からなくなった。そして、両民族が仲良く暮らす為に、「皆でこのことを忘れよう」というのが世間の流れになった。神様はどこにいるの か?と当然青年は考える。いったい正義はどこに行ってしまったのか?と。
圧巻は、手記の最後。自分の傷と磔刑にあったキリストの傷の酷似に、彼が気がつく場面である。